大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)83号 判決

上告人

斉藤とく

右訴訟代理人

半田和朗

被上告人

松本昇作

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告の趣旨は、原判決を破棄し、さらに相当の判決を求めるというにあり、その理由は別紙の通りである。

上告理由について

農地について農地法五条の許可を条件とする売買に基く所有権移転仮登記がされた後に、第三者が同一農地につき同法三条の許可を得て売買による所有権移転登記をした場合、仮登記には順位保全の効力があるのであるから、右所有権移転登記は、右仮登記に基く所有権移転本登記がされる場合には、抹消されることを前提としてされるものというべく、右仮登記の原因たる売買について五条許可がされ、本登記がされれば、右売買は前記所有権移転登記の原因たる売買に優先しうるのであり、農地法上の知事の許可は私法上の権利の優劣先後にかかわりなく、もつぱら当該権利変動が同法立法の趣旨に合致するか否かの見地からなされるものであるから、さきに右三条許可がされたからといつて知事は右五条許可をすることができない道理はない。したがつて五条許可を条件とする仮登記ある農地についてさきに三条の許可を得て本登記をした者はそれぞれで右仮登記の抹消を請求しうるべきものではない。そうでなければ、農地について所有権移転または所有権移転請求権保全の仮登記をすることは無意味になつてしまうし、またこのことは非農地について代物弁済の予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記がされた後に、第三者のため売買による所有権移転登記がされた場合、右売買により右非農地の所有権は実体的に第三者に移転するのに対し、右予約成立によつて債権的請求権が発生するにすぎないけれども、その後に右予約に基く代物弁済が実行されれば、右代物弁済は当然右売買に優先しうることから考えても明白である。これと同旨の見解に立ち上告人の本件仮登記抹消登記手続の請求を排斥した原審の判断は相当である。論旨は独自の見解に基いて原判決を非難するものであり、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のように判決する。

(浅沼武 田嶋重徳 高木積夫)

〔上告理由書〕

上告人の原判決に対する不服の要点は左のとおりである。

上告人は、本件土地について昭和四九年一一月一三日受付をもつて昭和三五年三月七日千葉県知事の農地法三条による許可にもとづき所有権移転の本登記をえているに反し、被上告人は、右本登記に先だつ昭和四五年一一月一二日受付をもつて同年九月三〇日農地法五条の許可を条件とする売買にもとづく条件付所有権移転仮登記を経ている。

原判決は、「既に本件土地について農地法三条の許可を得て本登記を経由した被控訴人(控訴人の誤り)が存在するからといつて、そのことだけで被控訴人のために同法五条の許可が与えられないということはない」という。

しかし、農地に関する知事の農地法上の許可を条件とする売買は、その許可があつた場合はじめて売買の効力が発生し実体的所有権が移転するものと解すべきである。従つて、その実体的所有権が移転する以前に第三者に対し知事の許可にもとづく所有権が移転しその対抗要件たる所有権移転の本登記手続が具備されるに至れば、その時点で更に知事の許可にもとづく実体的所有権の移転される可能性は絶無になつたものと解すべきである。

これを農地以外の例えば宅地に関する二重売買と対比して考えると第一、第二売買ともその売買契約の時点で共に実体的所有権が移転し対抗要件たる本登記の先後によつて優劣が決せられ、また仮登記に順位保全の効力が認められるに何ら疑念はない。

これに反し、農地に対する農地法上の許可を条件とする売買は、いまだ実体的所有権の移転を伴わないのであつて買主はいわば債権的所有権移転請求権を取得したに止まるから、農地に関する二重売買においてはその一方が既に知事の許可をえて実体的所有権を取得し、かつ対抗要件たる本登記をも経由してしまえば、いまだ知事の許可をえない他の一方に更に実体的所有権が移転する余地はなくなつたものと解すべきである。この場合他の一方にたとえ仮登記が存在しても結論は異ならないものと解する。

本件においては、上告人は既に知事の許可をえて本登記をも経ているものである以上、いまだ知事の許可をえず従つて何ら実体的所有権を取得しない被上告人がたとえ上告人の本登記に先だつ仮登記をえているとしても、その仮登記は訴外人に対する債権的請求権を表示するに止まるものと解すべきで上告人に対し順位保全の効力を対抗しえないものと解すべきである。

上告人の右見解に反し被上告人に対する知事の許可がなされる可能性がないものとも断じられずとし被上告人の仮登記に順位保全の効力を認めた原判決の判断は、法令の解釈を誤つたものというべきである。

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